オリジナル小説 アマガセ 番外編

「遠い記憶」

 時は少し戻り、オヤジ殿たちが控えている部屋。
 薄暗い室内では、オヤジ殿たちが、水晶宮を探らせていた兵からの報告を聞いていた。
「ということは、我々より先に到着していた者たちは皆、殺されていたんだな?」
「そのようです。この宮のはずれで兵たちの遺体が見つかりました。しかし、巫女姫方の遺体はまだ見つかっておりません」
「おそらく、もう生きていないだろう。大巫女に贄として殺されている可能性の方が高い」
 当初の計画とは大きく異なる事態に、その場の空気が重くなる。
「まあ、我々でどうにか任務を遂行するしかあるまい」
 オヤジ殿が言い終わるのとほぼ同時に、扉が乱暴に開かれ、一人の兵が息を切らして駆け込んできた。
「隊長っ!!」
 一同がその兵士に顔を向ける。その兵は、倒れた侍女らを送り届けるために、今朝町へ向かった者だった。そして、また一緒に行ったユゲの監視役でもあった。
「随分と早かったな。一体どうしたのだ?」
 乱れた呼吸を整えるように少し間を置くと、オヤジ殿の問いに短く静かに答えた。
「……ユゲが水晶宮にいます」
「なん……だっ……て……」
 オヤジ殿は意識が遠のき、体の力が抜けそうになるのを感じ、手でつかまるものを探した。傍にいた副隊長が、慌ててオヤジ殿を支える。
「隊長……」
「ああ、大丈夫だ。ありがとう」
 オヤジ殿は、支えてくれた副隊長に礼を言い、それから、申し訳なさそうに立っている兵から事情を訊いた。
 彼の話では、休憩中、町に連れていく兵や侍女たちの乗った車から煙が出て、監視の兵たちの注意がそちらに向けられている隙に、ユゲが逃げ出したのだそうだ。しかし、兵の一人が、ユゲの逃亡に気づき、すぐあとを追いかけようとしたが、馬が放されていたため、ユゲを捕まえられなかったのだ。
「話はだいたいわかった。車に発煙筒を仕掛けたのも、騒ぎに乗じて馬を放したのもユゲなのだな?」
「はい、恐らくは」
 オヤジ殿は、どうしたものか、と深く溜め息をつくと、考え込むようにうつむいた。
 ただでさえ深刻な状況がさらに複雑になり、目眩がしてくる。もし自分が、ここにいる兵たちを束ねる者でなく、そして今ある任務が他人に任せられる程度のものだったなら、すぐにユゲを捜しに行けただろう。
 しかし、現在の状況では、オヤジ殿がそれをすることは許されず、オヤジ殿は大切な者を守ることのできない自分が歯痒かった。
 しばらくオヤジ殿は思案に暮れていたが、突然衝撃を受けたようにその面を上げ、部屋の一角を見据えた。その場にいた兵の何人かも、人ならぬ気配を感じ、オヤジ殿と同じ場所を注意深く見つめた。
 するとそこから白い光に包まれた女が一人、音もなく浮かび上がるように現れた。
 女の姿がはっきりしてくるにつれ、兵の間では動揺が広がった。
「何だ!?」オヤジ殿と50年前の巫女
「魔性かっ!?」
オヤジ殿は、騒ぐ兵たちに構わず、まっすぐその女の方へ歩いていった。
「隊長っ!!」
「騒ぐな」
「しかし、それは人間ではありませんよ。もしかしたら、大巫女が送り込んできた魔性の可能性だって……」
「いや、その心配はない」
 きっぱりそう言い切るオヤジ殿の様子は、いたって冷静だった。
「彼女はタイメイ殿。例の五十年前の大巫女だ」
「彼女がっ……!!」
 そこにいた者全員が、一斉に部屋の隅にいる女へ目を向ける。
 端整な顔立ち。腰まで伸びた少し癖のある黒い髪。淡黄色の薄い服を着て、真紅の石を嵌めた額飾りをしている。一見普通の人間と同じようだが、白い光を纏い、空に浮き、そして幻のように体を持っていないことが明らかに人とは違っていた。彼女は封じられた水晶宮の大巫女のために、五十年前、今のような姿になったのだった。
 その昔、アシロという大巫女が己の力と水晶宮に封じられた闇の勢力―魔と手を組み、アマガセの国を乗っ取ろうとした。しかしその企みは、太陽神殿の神官長を筆頭とする光の神殿の神官長らによって阻止された。大巫女はその位を剥奪、そして水晶宮に幽閉され、永久に封印される身となった。
 それから何百年という時が過ぎ、人々がすっかりその出来事をわすれてしまった頃、タイメイが老齢の大巫女の跡を継ぎ、その役目を果たしていた。
 ところが、彼女が大巫女になってしばらくとたたない内に、多くの魔が水晶宮に出没するようになり、タイメイはそれらを封じるために日々力を使い続けなければならなかった。
 そして遂にタイメイの力が弱まると、封印されていたアシロがタイメイの身体を乗っ取り、水晶宮から逃れようとした。
 すべてはアシロが仕組んだことであった。それに気がついたタイメイは、アシロに自分の身体を奪われ、自由がきかなくなる直前に水晶宮に結界を張り、彼女を逃がさないようにしたのだ。
 それが原因でタイメイは身体を失い、空を漂う身となったが、アシロの計画は失敗に終わり、大事にいたることにはならなかった。
 それ以後、タイメイは現在まで水晶宮の様子を見守っている。オヤジ殿はそんなタイメイを以前に何度も水晶宮で見かけていた。
「何か……?」
 オヤジ殿は、タイメイの切れ長の目に不安と焦りが入り混じっているのに気づき、声をかける。
――急いでください。大巫女が……。ミズナミが危険です。
「まさか……!?」
 急いでオヤジ殿は隣室を確認させたが、ミズナミの姿はどこにも見当たらなかった。
「隊長っ!! 姫君がどこにもおられません。これは一体……」
 見る限るでは、オヤジ殿たちのいる部屋を通らずに直接ミズナミの部屋に行くのは不可能だった。唯一忍び込むことが可能な窓もミズナミを連れてでは、そこから出て行くのは無理であった。
「おそらく隠し通路か何かを使ったのだろう。タイメイ殿、大巫女は水晶の間か?」
 タイメイはそれに頷いて答える。
「行くぞ、こんなところでぐずぐずしてられんっ!!」
 オヤジ殿は壁に立て掛けておいた細長い包みを素早くつかむと、水晶の間へ急いだ。

 水晶の間、水晶宮の中心であるそこには、かつて秩序を司る神が力を与え、この国の守りとした石が置かれている。その石が巨大な水晶であったことから、安置されている部屋は“水晶宮”と呼ばれるようになった。
 部屋を飛び出したオヤジ殿たちは、一気に階段を下りると、本殿へと続く渡り廊下を駆け抜けた。
 そして迷わず一直線に水晶の間へ向かう。カチャカチャと重い具足の音が暗く、人気のない廊下に反響していた。
「何だ……?」
 突然、オヤジ殿が足を止めた。それにつられて兵たちも次々に歩みを止め、全員が立ち止まってしまった。
 ところが、全員が立ち止まっても具足の音は消えなかった。むしろ消えるどころか、だんだん大きくなり、すぐ近くで聞こえるようになっていった。
「気をつけろっ!!」
 オヤジ殿がそう叫び終わるか終わらない内に、オヤジ殿たちと同じか、もしくはそれより少し多いくらいの兵が現れ、あっという間に両者が入り乱れる戦闘となった。
 オヤジ殿は、瞬時に剣を抜き放ち、襲いかかってくる敵の刃を受け流すと、相手の急所を正確に狙った。敵兵は崩れるように地面に倒れた。オヤジ殿はその調子で次々と敵を斬り伏せていく。水晶宮の警備兵ごときではオヤジ殿たちの敵にはならなかった。
 しかし厄介なことに彼らは人間ではなく、そのためオヤジ殿を含めた全員が苦戦していた。
「何なんだ、こいつら!? 斬っても斬っても起き上がってくる」
 兵の一人が堪らずそう叫ぶ。
「隊長っ! ここは我々で何とかしますから、隊長だけでも先へ行ってください」
 副隊長が応戦をしながら、オヤジ殿を通すための道をつくる。
「すまない!!」
 短く言うとオヤジ殿は、副隊長のつくった道を通って先を急ぐ。
「相手は死人だ。武器を持てないようにすればいい!」
 副隊長が怒鳴る声が背後でした。
 オヤジ殿は、目的地を目指してひたすら走り続けた。途中、何度か戦うことはあったが、それでも決して速度を緩めたりしなかった。そして、本殿の奥深くまで入り込んだところで、ようやくタイメイに目を向けた。
「ミズナミを逃がそうとした侍女というのは、あなただな」
 オヤジ殿がタイメイに言う。
――そうです。私がやりました。ミズナミを水晶宮に連れて来させることだけは避けたかったのです。でも結局はできませんでしたが……。
「ああ、私が大巫女の影の言うことを信じて、姫君を見つけてしまったからな」
 タイメイは、その美しい眉をひそめ、咎めるように言う。
――なぜ大巫女の後継者候補に選ばれたからといって、ミズナミをここへ連れてきたのですか? 水晶宮がどのような状態か、大巫女が何を考えているのか、王も神官長たちもご存知のはずですのに……。これでは 大巫女の思惑通りになってしまいます。
「わかっています。だから私が来たのです。すべてに決着をつけるために。ここ数年の騒動にも関係しているのでは?」
――……アシロです。大巫女の後継者候補として、水晶宮を訪れた巫女や姫君が、新しい大巫女の就任後もそこから帰ってこないのも、大巫女の在任期間が極端に短いのも、アシロのせいです。
 タイメイはさらに続ける。
――アシロはここから出たがっています。しかし私が張った結果があるため、大巫女の体と力を手に入れても水晶宮から逃れられないのです。
「そこで、内側から水晶宮を崩壊させるつもりなのだな」
――ええ、この宮の中核であり、この国の守りでもある水晶の力を弱め、ここに封じられている魔に内から攻撃させるつもりのようです。だからアシロは、巫女の一族を水晶の間で殺害し、水晶を血で穢しただけでなく、魔に力を与える贄としたのです。いいえ、水晶宮で行方不明になった者たち全員がそうでしょう。何としてもアシロを止めなくては……。
「そういうことだったのか。タイメイ殿、王や神官長たちは一連の騒動の原因は大巫女であり、少しでも早く水晶宮を元に戻すことを考えておられます。しかし、まさかアシロが原因だったとは……。だが、そうだとしても、これはきっと有効でしょう。タイメイ殿、これが何かわかりますか?」
 オヤジ殿は左手に持っている細長い包みをタイメイに見せる。
――それは、まさか……!?
「そうです。私は王に大巫女を排し、そして速やかに次の大巫女を据えるよう言われております」
 そう話すと、オヤジ殿は前を向く。二人は水晶の間の入口まで来ていた。
 タイメイとオヤジ殿は部屋に踏み込もうとして、ハッとする。
「いかんっ!やめるんだ!!」
――いけませんっ!!!


 

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