オリジナル小説 アマガセ 番外編

「遠い記憶」

 まだ続くのか!?
 隠し扉の内側は延々と下降し続ける階段になっていた。時折、地中へ続く階段は上りになったり、曲がったりしている。暗闇で視力を失っている状態の者にとって、このような道を先に進むのは容易なことではなかった。何度壁にぶつかり、何度階段から落ちそうになったのか、数えればきりがない。
 自分が今、水晶宮のどこにいるのかわからなくなった頃に階段が終わり、一枚の扉が現れた。
 巫女たちはこの扉から出て行ったのだろうか?
 ユゲはそっと扉を開き、わずかな隙間から扉の外を窺う。そして誰もいないことを確認すると、素早く扉から出た。
 扉の外は暗い廊下であった。どこかの建物に出たのはわかるが、そこがどこなのかユゲにはわからなかった。
 ミズナミを捜さないと……。
 ふと廊下の奥から人の話し声がした。ユゲは声のする方へ歩いて行った。
 距離が近づくにつれ、その声があの巫女の声であることがわかった。ユゲはぎりぎりまで近づくと、柱から様子を見た。巫女は広間の入り口に立ち、その前には警備兵がいた。
 どうやら警備兵に何やら話しているらしい。
「お前たちには、あの邪魔者どもの始末を任せるぞ。姫君は手に入った。奴らはもう用済みじゃ。決して生きてここから出してはならぬぞ」
 巫女の言葉を聞き、警備兵たちは無言で廊下の奥の闇へと消えていった。それを見届けて巫女も兵たちとは反対の方向へ立ち去った。
 邪魔者ってオヤジたちのことか!? アイツらオヤジたちを殺そうと……!?
 このままミズナミを捜すべきか、それともオヤジに知らせに行くべきか迷っていると、さっきまで巫女が立っていた広間の入口から、ミズナミが座っているのがかろうじて目に映った。またそれと同時にしわがれた声が“大巫女”と言うのが聞こえた。
 ユゲは思わず広間へ飛び込んで行きたくなる気持ちを抑え、入口から様子を見ることにした。
 広間の奥には祭壇らしきものが設けられていて、その中央の一番高くなっているところには大人一人では持ち上げられなさそうなくらい大きな珠が大事に置かれていた。その珠がぼぉっと赤黒く光り、窓も灯もない暗い室内をほのかに照らしていた。そしてさらに、祭壇の奥の壁には、太い木でできた閂を掛けられた門のようなものがあった。
 それらよりももっと手前には、ミズナミを見下ろしている一人の老婆と、その老婆を見上げているミズナミがいた。
「驚いたかえ? お前の母親と二つしか違わない私がこんな姿で」
「……伯母様……なの?」
「そう、大巫女の位に就く前まではな。お前の伯母はいないよ。なぜならこの私に負けたからね。あるのはこの身体だけさ」
「伯母様じゃない……!? じゃあ、あなたは、あなたは一体誰なの!?」
 ミズナミはやっとかっと立ち上がり、そのまま追い詰められるように後ろに下った。
「そうだねぇ、冥土のみやげに教えてやろう。お前も巫女の一族の端くれなら知っておろう? この宮には闇の勢力の他に一人の巫女が封じられていることを。お前はその封じられた巫女が、ただおとなしく封じられているだけだと思うかい? 巫女は封じられる前は大巫女だったんだよ」
 大巫女は不敵に笑い、さらに続けた。
「巫女はねぇ、大巫女の隙につけこんで身体を乗っ取ってやったのさ」
「それじゃあ、伯母様の身体も……」
「大巫女の身体は実に便利だったよ。一つの身体が使い物にならなくなっても、新しい身体を用意させることができたからね。だが、それももう必要ない。もうすぐこの宮に張られた結界を破り、私は外に出て行くことができる」
「結界……?」
「五十年前の大巫女が私に体を乗っ取られる寸前に張ったものさ。それで私は、大巫女の体を手に入れても、ここから出ることができなかったのだ。でもね、私はこれを破る方法を見つけたんだよ。ここであと一人、巫 女を贄として、この地中にいる奴らに捧げればいいのだ」
 そう言うと大巫女は、右手に持った短刀をミズナミに向けた。
「お前で巫女の一族は終わりだ!」
 大巫女は、ミズナミの首めがけて斬りかかっていった。ミズナミは咄嗟に首を傾けて刃をかわした。
 大巫女の刃はミズナミの首をかすめた。彼女の黒い髪と首飾りが床に滑り落ちる。
 このままじゃあ、ミズナミが大巫女に殺される!
「やめろっ!!」
 ユゲは夢中で広間に駆け込み、大巫女に体当たりした。
「ユゲ!?」
 大巫女は床に倒れ、その拍子に手にしていた短刀を落とした。
「何奴!?」
 険しく光る二つの瞳がユゲを睨む。ユゲは背にミズナミを庇い、腰に吊ってあった自分の剣を構える。
「お前、警備兵のなりをしておるが、この宮の者ではないな? ここの人間は皆、私が操っておるからな。姫の護衛兵か?」
 剣を突きつけられて、明らかに弱い立場にいるはずの老婆はユゲのことなんか歯牙にもかけていないようだった。
「そこをおどき」
「断るっ!! 誰が化け物の言うことなんか聞くかっ」
 ふうんと鼻を鳴らし、大巫女は目をすがめた。
「父親が父親なら、その息子もまた同じ愚か者よの」
「何っ!?」
「お前の父親はなぁ、そやつの母親を庇って殺されたんだよ」
「どういうことだ?」
 大巫女はシワだらけの顔をにぃ、と歪めて笑う。
「お前の父親は、私に殺されそうになったミズナミの母親に助けを求められ、それに応じたから死ぬことになったのさ。馬鹿な男さ。どうせ一人じゃかなうはずもないのだから、無視すれば死なずにすんだものを……」
「親父は、やっぱり大罪人なんかじゃなかったんだ……」
「そうさ、私が殺して、勝手に罪をでっちあげたのさ」
 大巫女が話した事実は、もうずっと長い間捕えて放さなかったユゲの心を解放したが、それとは別に言葉にならない怒りも生んだ。
 ユゲは剣の柄を強く握り締めた。感情に突き動かされないように。
「おや、悔しくないのかい? 自分の父親を殺した憎い仇が目の前にいるのに」
 ユゲは答えず、ただ剣を構えているだけだった。
「ふん、そうかい。さて、おしゃべりはこれでおしまいだよ。私もこんなところ、さっさと出て行きたいからね」
 大巫女は節だらけの指をミズナミに向けた。すると、ミズナミの背後から一匹の黒い蛇が現れ、彼女の華奢な体を締め付けた。
「ミズナミっ!?」
 ユゲは剣で蛇を斬ったが、蛇はかすり傷すら負っていなかった。それどころか、ますますミズナミをきつく締め付けた。
 ミズナミの顔が苦痛で歪む。
「無理だよ。その蛇は術者を殺さない限り死なないのさ」
 大巫女はせせら笑うと祭壇の前まで歩いていき、そこでなにやら呪文を唱え始めた。
 ユゲが戸惑っている間にも、黒い蛇はどんどんその輪を縮める。ミズナミは苦しさのあまり悲鳴を上げる。
 ユゲは舌打ちをし、意を決して大巫女のところまで走る。
 オヤジ、ごめん。
 無防備な老婆の背に剣を振り下ろす。
――いけませんっっ!!!
 ユゲが剣を振り下ろす刹那、白い光のような女が目の端に映った。


 

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