オリジナル小説 アマガセ 番外編
「遠い記憶」
10
気が付くとユゲは、外にいた。
「痛ってぇ〜」
あちこと擦りむいて痛む身体を、両手をついてやっと起こし、ぼんやりする頭を振った。なぜ自分が、ついさっきまでいた建物から数メートルも離れた外に転がっているのか思い出そうとして、記憶がよみがえった。
さっきの強烈な揺れの中では、歩くことはもとより、その場に立っていることすら困難だった。ユゲは必死に何かつかまる物を求めて壁を探っていた。そしてそこに木材が割れるような音がし、それと同時に背に激しい衝撃を受けた。その衝撃でユゲは、建物の外に弾き出され、倒れたまま地面の上を数メートル滑ったのだった。
ユゲはあたりを見渡し、父親の姿を探したが、どこにもなかった。まさか、と思いながら、自分が弾き出された建物を振り返る。
土埃が立ち、はっきり見えないが、建物の入口は、先程の揺れで天井が崩れ落ち、半分塞がれているようだった。
「オヤジ!」
ユゲは、崩れた天井と壁のわずかな隙間から、細長い包みをつかんでいる人間の腕が出ているのを見つけ、駆け寄った。
「オヤジ!! しっかりしろよ、なあ、オヤジ!」
オヤジ殿は、動かなかった。ユゲは、オヤジ殿の上にのっている瓦礫をどけると、渾身の力をふりしぼって、今にも崩れ落ちそうな建物からオヤジ殿の身体を引っ張り出した。
ユゲが、オヤジ殿を物陰に横たえると、オヤジ殿は目を開けた。
「オヤジ! ……ったく、何やってんだよ……」
「ユゲ……。無事だったのだな」
良かった、と安堵の笑みを浮かべながら、オヤジ殿は言った。
ユゲは、オヤジ殿の顔を見て、やっとわかった。天井が崩れてきた時、オヤジ殿がユゲを突き飛ばしたのだということを。
「うっ……」
身を起こしたオヤジ殿が、全身を走る激痛に思わず呻き声を漏らした。
「ユゲ、手を貸してくれ」
額に油汗をにじませ、苦痛に耐えながらも、立ち上がろうとするオヤジ殿をユゲは慌てて押し止める。
「無理だってば。そこでじっとしてろよ」
「そうはいくか。アシロを止めねばならんのだから」
「俺が止める」
「だがな……」
「時間がないんだよ。急がないと。だけど、オヤジのその足じゃ無理だ。となると、俺しかいないじゃないか」
事実、オヤジ殿は両足を動かすことがせきなかった。骨が砕けていたのだ。また、あばらも何本か折れていた。とてもアシロを止めることなどできやしなかった。
オヤジ殿は、不承不承ユゲに任せることにした。
「これを持って行け」
「これは?」
オヤジ殿が差し出したのは、オヤジ殿が王都を出発してから今まで、ずっと大事に持っていた細長い包みだった。
ユゲは紐をほどき、包みを開けてみた。布の下から現れたのは、一本の銀の剣であった。柄と鞘には装飾が施してあったが、見様によっては単なる装飾ではなく、何かの呪文のようにも見えた。また、柄頭には、白く透き通る水晶が嵌め込まれ、それに太陽を象った模様が刻まれていた。
「王が命じて王宮の鍛冶師に作らせた剣だ。この剣はどんな魔力も無力化させる。これでアシロを斬れ。そうすれば、アシロは力を失うはずだ」
しげしげと剣を見つめるユゲの腕を、オヤジ殿が強くつかんだ。
「ユゲ、しくじるんじゃないぞ。お前だけが頼りなんだからな。それから、これだけは約束しろ、絶対生きて帰ると。いいな?」
覗き込むように見つめる真剣な栗色の瞳を、ユゲは黒い瞳で見返し、
「大丈夫、心配するなって。オヤジの教育のおかげで、責任感は人一倍あるんだ。それより、オヤジの方こそ、こんなところでくたばるなよ」
憎まれ口をたたき、オヤジ殿の心配を一笑すると、腰に剣を差してその場を走り去っていった。
オヤジ殿は、やれやれといった口調でつぶやいた。
「まったく、妻に何て言えばいいんだ……」
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