オリジナル小説 アマガセ
第1話「すべての始まり」
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小さな村の中心から道が一本伸びている。この村で一番といわれる宿へと続く道である。夜更けをとうに過ぎ、道沿いに並んだ家々の灯りは消え、ただ村に一軒しかない安酒場から、いつまでも灯りと陽気な騒々しさが洩れているのみである。
しかし、その安酒場の灯も一本道を照らすには十分ではなく、やがて届かなくなってしまった。今、道を照らすものは、やっと雲の切れ間から覗いた月明かりであった。
その月明かりに照らされて、大きく伸びた影がひとつ、宿へと向かっていた。
この影の主は、大男というほどではないが、普通より上背があり、がっしりとした体格をしていた。少し緑がかった茶色の髪は乱れ、衣服のあちこちが擦り切れ、泥が跳ねている。外套はなく、腰帯に吊るした長剣が、男の歩くのに合わせてゆらゆら揺れる。
男は一人ではなく、背には小柄な少年をおぶっていた。
織目が粗く、ごわごわした厚手の上衣を着て、腰の部分を幅の広い皮紐で結んでいる。少年の服も男の服同様、ところどころ破れ、泥にまみれていた。少年は意識がないのか、ぐったりと男の背に身を任せている。
「うー、寒いっ……」
春の夜とはいえ、アマガセ国で北に位置する土の国では、冬の厳しさがまだ残っている。ここではいまだに日中少し暖かくなるくらいで、日が沈むとたちまち冬の夜のように冷え込むのである。
男は外套を無くしたことを、いまさらながら後悔した。身を切るような寒さの中、背中の少年のぬくもりが唯一の救いであった。
「まいったなぁ……」
今頃は暖かい暖炉の前で、自分の帰りを待っているであろう連れのことを考える。気難しい連れのことである。どんな反応をするか男には容易に想像できた。
顔を上げると、寒々とした満天の星の輝きの下、宿の小さな灯りが目に入った。
男の口から小さな溜め息と微苦笑が漏れる。
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